レコードジャケットが芸術品だった時代
ここ数年のアナログレコードの復活で、スマホ&イヤホンで聴く音楽とはまた違う世界を体験した人たちが増えているのなら、大変喜ばしいことですね。ジャケットからレコードを取り出してターンテーブルに乗せてという一連の動作は儀式のようなもので、果たしてどんな音が飛び出してくるかというワクワク感もレコードで音楽を聴く楽しみのひとつだと思います。
開封して初めて見ることが出来るライナーノーツや歌詞などを見ながら、左右に置いたスピーカーから流れてくるステレオサウンドを体感する。アナログの音はデジタルに比べて温かみがあるというのは本当かどうか分かりませんが、音楽を再生する環境や行為そのものが楽しめるのも良いところです。
もうひとつのレコードの魅力は大きなサイズで鑑賞できるそのジャケットにあって、70年代に発表されたアルバムには眺めているだけでも楽しい、まさに芸術品のような作品がたくさんありました。ヒプノシスやロジャー・ディーン、ジョン・バーグ、ジョン・コッシュ、ノーマン・シーフなど、ジャケットアートワークの巨匠たちの作品をご紹介します。
ヒプノシス(Hipgnosis)
ピンクフロイド『アニマルズ』

ヒプノシスは68年にロンドンで活動を開始したデザインチームです。メンバーのストーム・ソーガソンとオーブリー・パウエルは元々ピンク・フロイドのメンバーと知り合いで、『神秘』のアートワークを依頼されたことから、続いて『原子心母』『狂気』『アニマルズ』などインパクトのある作品を生み出すことになります。
後にピーター・クリストファーソンが加わって3人体制となり、レッド・ツェッペリンの『聖なる館』や『プレゼンス』、T.REXの『電気の武者』、ウィッシュボーン・アッシュの『百眼の巨人アーガス』、バッド・カンパニーのファーストアルバムなど、70年代の音楽シーンを数々のジャケットアートでより華やかなものにしました。
その他にもレッド・ツェッペリン、ポール・マッカートニー&ウイングス、UFO、10ccなどのアルバムで知られ、81年には松任谷由実の『昨晩お会いしましょう』を手掛けていますが、83年にチームは活動を停止します。
レコードを所有することに喜びがあった時代に、ジャケットは重要な役割を果たしていました。いわゆるジャケ買いという言葉があったのも、デザインに魅力があったからこそでしょう。時代に先駆けて芸術とも呼べる多数の作品を生み出したヒプノシスの功績は計り知れません。
ロジャー・ディーン(Roger Dean)
イエス『リレイヤー』

イエスと言えばロジャー・ディーンというイメージがありますね。1944年イングランドに生まれたロジャー・ディーンは、70年代に初めに『こわれもの』や『危機』『イエスソングス』などのジャケットアートを担当して、プログレッシブロック・ファンにその名を知られるようになりました。
幻想的なイメージや鮮烈な色使いで私も好きなアーティストですが、イエスの他にもユーライア・ヒープの『悪魔と魔法使い』や『魔の饗宴』、渋めなところではジェントル・ジャイアントの『オクトパス』、アース&ファイアーのファースト、アレクシス・コーナーの『ブートレグ・ヒム』などの作品もあります。
80年代に入ってからは元イエスのメンバーなどが集結したスーパーバンド、エイジアのデビューアルバムで健在ぶりを見せつけてくれました。想像力を掻き立てるその作風は、SF小説のカバーデザインにも相性が良さそうです。
イエスの『リレイヤー』のように細部まで緻密に書き込まれたイラストを見ると、やはりLPレコードのサイズで鑑賞したくなりますね。
ジョン・コッシュ(John Cosh)
キング・クリムゾン『レッド』

この人が関わったアルバムは名盤揃いです。アップル・レコードのクリエイティブ・ディレクターとしてビートルズの『アビイ・ロード』『レット・イット・ビー』で有名になり、70年代に入ってからはイーグルス、ザ・フー、キング・クリムゾン、ロッド・スチュワートなど多くの有名ミュージシャンのジャケットアートを担当しました。
中でもキング・クリムゾンの『レッド』、ビートルズの『レット・イット・ビー』、ハンブル・パイの『スモーキン』、それからイーグルスの『ホテル・カリフォルニア』など明暗のコントラストが目立つデザインが印象に残ります。
ビートルズと関わった時点でデザイナーとしての才能が認められたということだと思いますが、くっきりとした目に飛び込んでくるジャケットアートがカッコいいです。アルバムに収められた名曲の数々が、ジャケットのデザインと共に記憶に残るという素晴らしさ。
キング・クリムゾンのメンバー3人が、それぞれ違った表情でこちらを見つめる『レッド』のジャケットは中身もカッコいいんだろうなと期待させてくれますが、全くその通りの内容でした。
ジョン・バーグ(John Berg)
コロンビア・レコードのアート・ディレクターとして、ジャズからロックまで約5000枚もの作品を担当。ブルース・スプリングスティーンの『明日なき暴走』やジェフ・ベックの『ギター殺人者の凱旋』『ワイアード』、エアロスミスの『ドロー・ザ・ライン』、テッド・ニュージェントの『絶叫のライブ・ゴンゾー!』などのデザインに関わりました。
手掛けた作品数の多さから明確な作風というのは掴みにくいものの、一度は目にしたことのある有名なアルバムもたくさんあって、これもジョン・バーグなんだというジャケットが出てきます。音楽のジャンルを問わず様々なアイデアが湧いてくるクリエイティブな人だったのでしょうね。
ノーマン・シーフ(Norman Seeff)
この人の作品はジャケット写真というよりもポートレイトという言葉が似合います。写真家らしく被写体と良い関係を築いて内面を映し出す、そんな感じでしょうか。リッキー・リー・ジョーンズの『浪漫』やジョニ・ミッチェルの『逃避行』を見ると、女性を恰好良く撮れる人だなと思います。
サンタナの『太陽の秘宝』やシカゴの『ホット・ストリート』はバンドのメンバーが和気あいあいとしている様子で気持ち良くさせてくれるし、撮影するときにその場の雰囲気が暖かくなるのはカメラマンの人柄も含めた腕前があったのでしょうね。
音楽とジャケットアートの蜜月時代
70年代のレコードには、ジャケットを見ただけで曲名やバンド名が浮かんでくるような作品がたくさんありました。CDの小さなサイズではピンとこない、まさに音楽とジャケットアートの蜜月時代だったとも言えるでしょう。レコードをターンテーブルに乗せ、ジャケットやライナーノーツを鑑賞しながら好きな音楽を聴く。ついでにタバコとコーヒーでもあれば、ちょっと贅沢な道楽だと思います。
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